まだ終わらんよ(仮)

セイガクフォトグラファーつっちんのいつもと変わらない特別な日常を綴ったブログ。

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タッキー、意外とガタイがいい…というかデカかった。

今回訳あって牌画が使えないので見づらくてすまない。

まずこの手を見てほしい、


33445二三四六七八 ロン 八 ドラ ? 裏ドラ 3


すっ高い手だ。

しかし残念なことに八萬を切ったのは俺であるということ。

東一局、5巡目親の滝沢和典のリーチ後、1巡目に引かされ、その後手牌に押し出されるように放銃。

萎え。祝儀だって1500円も取られた。(裏は何枚乗っても500円、赤は面前のみ)

別に気圧されていたわけではない。ただ心残りは場所決めのつかみ取りの際、どうして滝沢に東を引かせてしまったのかということ。あの瞬間にアルティマジックの恩恵を受けられる人間が決まってしまったと思う。

それでもプロと卓を囲む機会など滅多にないし、このままじゃ一介の素人で終わってしまうと気合いを入れるがあっさり彼がトップ俺がラスで終了。そして彼は抜けてリーマンが入る。


その後も牌勢は上がらず苦しい展開が続いたが徐々に回復してきたところでひとつでかい手が入った。

東場だが何局か思い出せない。

親は俺。配牌がこれ。

二三三四四六七七八??24  ドラ 西


6巡目でこう。

一二三三四四五六七七八??  ツモ   打 ?

久々にツモに勢いを感じた。

そして次順、

一二三三四四五六七七八? ツモ 八 打 ?


七萬と八萬のシャンポンでテンパイである。

だが今だから明かそう、実はこのとき俺はテンパイに気付いていなかった。

八萬ツモったとき心の中で「手牌13枚マンズなのにテンパイしてないって…これB級メンチンじゃん。」と思っていた。恥ずかしい話だ。昔はメンチンの土屋、千鳥の土屋といえば一部じゃ有名だったのに…。やはり天牌を早急に買い戻し、瞬みたくメンチンの待ちぐらい即答出来なきゃだめだな。


まぁ幸いにもロン牌が出たりツモったりしなかったのでさておき、2巡後がこう。

一二三三四四五六七七八八 ツモ 三


正直何を切ればいいのか分からなかったが、時間を掛けたらメンチンだとバレる恐れがあったのでノータイム打一萬。

奇跡のシャンテン戻し。実際にはシャンポンテンパイに気付いてなかったので自分の中ではシャンテン維持なのだが、それにしても非道い。チートイもあるのだし三萬ツモ切りが一番受け入れ広いはず。

そして次順がこう。

二三三三四四五六七七八八 ツモ 二 打 三


ようやくの最終形である。

しかし何としてでも上がりたい俺はダマテンに構える。

すると、北家の萩野がリーチ。

一発目は安全牌、しかし二発目ツモ八。

そこで一瞬躊躇しかけたが、静かに河へ。内心はドキドキ。河はどうみても染め手。リーチも入ったし駄目か…と思った矢先、対面のメンバーが押すか引くか迷いながら、「ええぃ、いっちゃえ。」と切ったのは六萬だった。

喉から声を絞り出すように俺「…ロン。」

二二三三四四五六七七八八 ロン 六


面前清一・タンヤオ・平和・二盃口・赤   親の三倍満は36000点の上がりであった。


その後もうひと半荘やって店を後にした。店に出てから俺がメンチンの話をすると萩野が言う。メンバーの差し込みだと。しかしそんなことない。俺はメンバーの放銃だと思う。そうじゃないと困る、そうじゃないと俺は相当格下だということになってしまうから。

そんな気持ちを払拭するにはやはりあの店をシメないとだめなのか。しかし俺に出来るのか?

そんな生きていく糧にもならないことに心血を注ごうとしている俺はやはりただのバカなのか。

でもアントニオ大先生は言っている馬鹿になれと。


こんなつっちーですが、応援宜しくおねがいします_(^_^)_



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